アブガルシアのエンブレムはスウェーデン王室のクレストマークだった!

みなさんこんにちは!

YUKIUSAGIです!

ベイトフィネスの導入でAbuGarciaのホーネットスティンガープラスとREVO ALC BF-7を使い始めたYUKIUSAGIですが、なぜAbuGarciaにしたのか?他のメーカーでもベイトフィネス専用機はあるのに。と思われる方もいらっしゃると思います。

確かに、僕も迷いました。釣具屋さんで店員さんを呼び、各機種のメリット、デメリットを教えて頂いたりブログやYouTubeでも調べました。でも『これだ!!』と思えるものがなかなか決まらず、半年ぐらい悩み続けました(笑)

だってエントリーモデルのように1万円以下で買えるようなものではなかったので・・・

釣具って高いですよね(苦笑)

そんなこんなで月日は流れて行くのですが、ある時気付いてしまったんです!

正直、厨◯病な発想です(笑)

でも本当に最終的な決め手はこれでした!(もちろん値段、機能性なども考慮してますよっ!)

AbuGarcia 〜そして伝説へ〜

みたいなタイトルが某ゲームのBGMとともに脳内に響き渡っているのです★

あれほど高くてなかなか手が出せず、慎重になっていたのに(笑)

決定的な瞬間って意外とこんなものなのかもしれませんね♪

ということで、前置きが長くなりましたが今回はこの、AbugGrusiaのエンブレムがなぜスウェーデン王室のクレストマークになったのかについて調べてわかった事を僕なりに要約していきます♪

1人の時計職人の起業が全ての始まりだった

南スウェーデンのクリスティアンスタードでひとりの男が生を受けた。彼の名はカール・アウグスト・ボーストローム。彼はこの地で時計職人としての技術を学び、やがてスヴァングスタに移り住みハルダ懐中時計製作所に勤めるようになった。

彼には4人の子供がおり、そのひとりヨーテは、父が勤めるハルダ社で働くことになった。

数年後カールは会社を起こす。古い教会を買い取り、そこを改修して工場にしたこの会社は、ABU社と命名された。これが現在のAbuGarciaの原点となった。

出典:ピュア・フィッシング・ジャパン

戦争という悲劇を乗り越えて・・・

ABU社は当初、ハルダ社から受け継いだ懐中時計と電話度数計を製造していた。その後”RECORD”という名のタクシーの料金メーターを手がけ、ABU社は大きく飛躍していく。

しかし、第二次戦争という大きな戦争が突如、会社に暗雲を投げかけた。戦争による車の交通規制によって主力製品であったタクシーメーターの需要はまたたく間になくなっていったのだ。

父親から経営を受け継いでいたヨーテは、タクシーメーターに代わる新たな製品として釣り道具に目を向ける。彼は元来釣り好きであり、釣具を商売に出来ないかと考えたのだった。

すべて手作業で作られた最初のリールはタクシーメーターと同じ”RECORD”と名付けられた。ヨーテはそれをカバンに詰め、各地の釣り具販売卸商を訪ねたのだった。

これがAbuGarciaのルーツである。

スウェーデン王室御用達の名誉に授かる

工場に隣接するモラム川沿いにアブ社が所有するコッテージ付の専用釣場があったことで、アブ社の歴代の社長は国王と一緒にアトランティックサーモン・フィッシングを楽しまれた経験もあったそうだ。

そんなこともあり、大戦後には王室御用達の栄誉を受け、クレストマーク(スウェーデン王室のエンブレム)を製品につける事を許されたのだ。王室御用達の栄誉を受け、ABU社はブランドに更なる磨きをかけていった。

出典:ピュア・フィッシング・ジャパン

AbuGarcia 〜そして伝説へ〜

AbuGarciaのシンボルマークとして輝くスウェーデン王室のクレストマークにはこのような歴史があったのでした。

たまにはこのような事を調べるのも楽しいですよね♪

今回はAbuGaruciaの歴史とクレストマーク(スウェーデン王室)との関係について記事にしてみました

最後までお付き合い頂きありがとうございます★

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